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今からおよそ二千年前、五旬節(ペンテコステ)の日、イエスの弟子たちがエルサレムのある二階家に集まっていると、「突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった」 (使徒行伝 2:1-2)
これは、霊的次元におけるビッグ・バン(大爆発)ですね。学者によると、わたしたちの宇宙は120億年ほど前ビッグ・バンとともに生成され、今なお膨張し続けているといいます。そして何と、はじめのビッグ・バンの響きを観測することさえ可能だといいます。凄いですね。
でももっと凄いのは、霊的次元におけるビッグ・バンです。ペンテコステの日に天から降り注がれた聖霊の響きは、今なお、いや今だからこそいよいよその響きを聞き取ることができる。聖霊のビッグ・バンの響きを聞くとは、キリストの贖いの愛と一つにされるということです。
その響きは、終わりの時である今の時代、風の教会を経てさらに強化され、今度こそ地球全体に波及する。終末的地球を救うのは、風の教会である。私は、そう確信しています。主の聖なる願いが、ここから全地に宣言されるのです。
あの日、「また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった」(同 2:3)ように、今やさんびの民一人一人の上に聖霊の炎がとどまり、一人一人が聖なる息吹を全地にむけて発信する。発信 (dispatch) というより共振 (resonate) と言う方が適切かもしれません。天から流れてくる聖なる響きにわたしの魂が共鳴し、わたしは発信器のようにキリストのいのちを共振させ、かくして聖なる響きは全地に波動
(undulate) して行くのです。
主は、われらに息を吹きかけて言われる。
聖霊を受けよ。あなたがたがゆるす罪は、だれの罪でもゆるされ、
あなたがたがゆるさずにおく罪は、そのまま残るであろう。 (ヨハネ 20:22-23)
わたしたちさんびの民は、主の息吹を受けたではないか。ギリシャ語を直訳すると、聖霊は「聖なる息」。すると、聖霊は主の息ということになります。ここに、主の願いがある。
主の息吹を受けた者は、「主のゆるし」を宣告せよ。ゆるしを宣告するとは、解放をもたらすためです。被造物に、神のいのちを循環させるのです。
地の上には、様々なしこりができました。人の貪欲が、様々なしこりを作ったのです。不安、怒り、悲しみが蓄積され、各地に大きなしこりを作りました。しこりとは、罪のかたまり。しこりのあるところ、血は流れにくい。このままでは、神のいのちが循環しない。
だから主は、わたしたちを呼ばれたのです。地のしこりを解消するのは、聖霊を受けたさんびの民ではないか。君は根気よく、自分のまわりのしこりの一つ一つに、「お前の罪はゆるされた」と、主のゆるしといやしを宣言せよ。君は根気よく、この国のしこりに、隣国のしこりに、「お前の罪はゆるされた」と、キリストの愛を告知せよ。君は根気よく、惑星地球に、主のいやしを祈れ。聖なる息吹を吹きかけて。 (2008/5/5)
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