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  今までのリトリート&コンサート
2003NYリトリート&コンサート 今年のリトリート








 2003 コンサート in St. Peter's Church


 さんび隊


 コンサートの様子
 子羊の群れでは、1992年から毎年リトリートを持っています。
 2003年、はじめてアメリカ、ニューヨークにてリトリート&コンサートが持たれました。

世の初めからほふられていた小羊のあわれみが

 9.11の同時多発テロ事件が起きた時点で、今回のニューヨーク・リトリートはあらかじめ定められていた(predestined)のだと、私は思います。いや、神様のことだから、それよりもうんと前から、天と地の造られる以前から、この日のことを知って定められておられたに違いありません。
 イエスがほふられた小羊として十字架に死なれたのは2000年前のカルバリの丘でしたが、しかし、神の永遠の計画の中では、創造の前からのあがないの小羊として存在されていたのです。〈 中略 〉
 わたしたちは、永遠の相に生かされることを感謝する故に、天地のはじめからほふられていた小羊のあわれみを知る故に、今ニューヨークで小羊をたたえる賛美を歌います。9.11は、現代世界の悲劇をもっとも象徴する事件でありました。あの時の犠牲者に、遺族に、今なお傷ついている多くの魂に、憎しみ合う敵にも味方にも、すべての者を贖う小羊のいやしを祈るためであります。

ピーター

〜 New York concert 2003 Remember Your First Love 〜
CDジャケット巻末記事より抜粋

 
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2005ハワイ・リトリート&コンサート






アラモアナショッピングセンターでの
  ミニコンサートの様子
 2005年は、初めてハワイで全世界リトリートが持たれました。

 地球のへそと呼ばれているハワイに天の賛美が満ちるということは、そこから天に満ちるいのちが世界中に流れていくということです。私たちはその目撃者となりました。
 青い海、青い空、目に映るものの全てが神によって造られたもの。被造物の全てが天の賛美を待ちわびているのです。

リトリート・コンサートで紹介された賛美
    「あなたの星を守りたまえ」
    「青い花」
    「なぐさめのアレルヤ」 など

青い花

 私が生まれたふるさと、育ったなつかしいふるさと、あるいはつらく悲しい思い出のふるさと、そのふるさとにキリストの愛のゆるしといやしが満ちますように、主の愛のよろこびがあふれますようにと祈りさんびします。私たちは賛美がなつかしい地に、なつかしい人々に流れることを信じ歌います。
 ハワイは青い空と青い海の美しい地。ここから全地に主のさんびが流れて行きます。私たちは自分の住む所に帰っても、青い花を見るとき、このリトリートを思い、ハワイの青い空と海を思い、このリトリートに、さんびを託された主の願いが成ることを祈りさんびすることでしょう。

美津子

〜 Hawaii Retreat Concert 2005 Time to Comfort 〜
 より 一部抜粋


2007信州リトリート&コンサート 

 礼拝の様子1



礼拝の様子2



子どもたちのさんびコンサート



リトリートコンサートの様子

信州の山

 私はリトリート2日目、午前中のセッション、いやし礼拝後の祈りとさんびの時に、ピーター先生、美津子さんが祈っている祈りに合わせて祈っていました。心を合わせて祈っている時に、これが霊とまこととをもって礼拝するということではないかと思いました。ピーター先生、美津子さんが、主に心を合わせて祈ることが礼拝であり、そこから主のいやしと愛が流れます。今回のリトリートでのいやし礼拝では美津子さんは一度も力が抜けることがなかった。さんび隊、そして、スタッフが主に向かい続けてさんびし続けていたと言われ喜んでいました(いやし礼拝後の個人の祈りの時、美津子さんの力が急に抜けることがあります。その時、スタッフが歌は歌っているけれど、さんびになっていない、その場にいるけれど祈っていない時に起きます)。 リトリートの最中に「霊とまことの礼拝」という新曲も生まれ、これが今回のリトリートのメインテーマではないかと思いました。いやし礼拝の中で美津子さんは、「来年は『礼拝の年』だと思う」とまで言われていました。半年も前に次の年のことが言われるのは初めてです。神さまは私たちに一刻も早くこのことを知らせて準備してほしいと思われているのだと思いました。
 霊とまこととをもって礼拝するというのは、礼拝の場において礼拝するだけではなく、すべてが礼拝なのだと思いました。
 リトリート直後、不思議な聖書箇所が与えられました。

北風よ、起れ、南風よ、きたれ。わが園を吹いて、そのかおりを広く散らせ。わが愛する者がその園にはいってきて、その良い実を食べるように。     (雅歌 4:16)

 この世には益々、北風が吹き、混乱する。でも、それによって同時に天国の香りがまかれ、愛する人たち、全人類がさんびという天国に入ってくる。そして、同じキリストのからだと成る。北風が吹くことを恐れなくていい、人々はやがて礼拝へ導かれていくから。
 総会、リトリートを終え、時は礼拝へ礼拝へと進んでいると感じています。今回の信州リトリートを心から感謝します。

阿部 明子(本部)




行かなきゃ、泊まってみなきゃ

東 昭子(本部)

 今年もリトリートが近づいてきました。礼拝やリーダー会でのお誘いのアナウンスを聞くたびに、初めて全泊で参加したリトリートの感動を思い出します。
 かれこれ10年も前になりますが、箱根小涌園での最初のリトリートのことです。それまでのリトリートと言えば、第1回目は西宮の老人いこいの家だったように記憶しています(それから関西では仁川、次が六甲、関東では御殿場でした)。その頃の私は「教会アレルギーの後遺症」が若干残っていて、リトリートも既成教会の修養会を思い出し、日帰り参加で十分だと思っていました。しかし、さんびの民が、全国から一ヶ所に一斉に集まる第一回の箱根リトリートには何か特別に惹かれるものがありました。
 当然、信仰の友人たちもそれに参加すると信じて、一足先に私は申し込みました。ところが締切になっても仲間は誰も申し込んでいませんでした。一人で行動することに慣れない私はたちまち不安になってしまい、キャンセルしようと思っていました。ばったり会った美津子さんにそのことを話すと、「あらぁ、もう一度お友達を誘ってみて! みんなでぜひぜひ参加してね。‥‥たとえ東さん一人でもね‥‥」と一言。しかし私が親友たちを誘い直しても、彼女たちの決心は非常に固いものでした。迷っていた私は、美津子さんの寂しそうな顔と主の寂しそうな顔とがダブってしまい、とうとう「一人でもいざ行かん!」と箱根小涌園のリトリートに参加することにしました。
 そう決断をして、遠路はるばる箱根に到着。リトリート会場に入るや、会場いっぱいに満ちている深閑とした静けさと、次から次に人々が集まってくる、その不思議な熱い空気に、本当に胸は高鳴りました。世界各地からたくさんの人々を呼び集め、待っておられた主に畏れを感じました。少し前までの不安などは、会場に一歩足を踏み入れた途端にたちまち吹っ飛んでしまっていたことを思い出します。
 そして、二泊三日のリトリートはアッという間に過ぎ、いやしがいっぱいの夢のような主と私のリトリートとなりました。それが今なら分かるのですが、天の礼拝、天の教会に招かれていたということだと思います。
 中でも忘れられない思い出は、三日目の最後のセッションの聖餐式でした。あの広い小涌園の大広間いっぱいにひびき続ける懐かしいテゼ・バージョンの「白いハト」のさんびの中で、世界中から集められた方たちと共に聖餐式に与ったことです。まるで天から大きい大きい舞台というか、天の教会が私達のただ中に降りてきた感覚でした。そして今まで儀式だと思っていた聖餐式が、十字架の愛そのものだったということが迫り、私は涙をポロポロ流していました。
 「教会」とは形でも組織でもなく、キリストのからだだったことをリトリートの中で初めて実感しました。教会は確かに生けるキリストのからだでした(その後、天からのさんびがこの群れに洪水のように注がれ、今、「風の教会」が南芦屋浜に備えられると誰が想像したでしょうか)。
 
それ以降、リトリートは「聖なる山、シナイ山」のようにも思います。燃える柴の前にひざまずき、神様の愛の願いを全身に受け取って、山から降りて現実に遣わされて行くという感覚です。
 リトリートから帰ってきた私は勢い余って、親友達に、「行かなきゃ、泊まらなきゃ、損だよ、分からないよ!!」と喋りまくりました。でも本当は、リトリートも礼拝も、すべて主が一人一人を呼び、待っておられるのですね。   (2007年7月4日)


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