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12月3日 |
白いハト(美津子、アメリカ ニュージャージーで聖霊に打たれる) |
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4月26日 |
日本に於ける「子羊の群れ集会」が西宮で始まる。 |
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1991年 |
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3月 |
フォートリー(ニュージャージー)でアメリカの「子羊の群れ集会」が始まる。 |
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1993年 |
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10月
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集会で、大金を失くされた億川さんが美津子の証しを聞き、祈ってもらったところ、失った金額の半分が戻ってくる。後に残りの半分も戻り、その中から献げられた献金を受け取った時、美津子に「子羊の群れ教会のためのお金である」という思いが与えられる。子羊の群れ教会設立のスタートとなる。(「白いハトT」314頁参照) |
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11月14日
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芦屋教会オープニング礼拝。
まだピアノもブラインドも椅子もなく、あるのは十字架だけ。呼ばれた人々と共にキーボードとOHPで賛美をささげていた。「ホントに何もない」と思った時にひびいて来たことば: |
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お前たちのさんびでこの教会は完成する
さんびですべてが完成する
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1995年 いのちの年 |
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1月17日 |
阪神大震災 |
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1999年 信仰の年 |
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2月1日 |
1999年2月号の「ぶどうの木」で、芦屋「新会堂」への思いがピーター&美津子により発表される(1月に息子さんを亡くされた方からの献金を受け取った時、ピーター、美津子に「これは新しい会堂への第一号の献金である」という思いが与えられる)。 |
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3月 |
南芦屋浜に教会堂のための土地が見つける。 |
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12月28日 |
美津子、早朝ドアをたたく音で目を覚ます。デジタル時計が555を指していた。イザヤ55:5「見よ、あなたは知らない国民を招く、あなたを知らない国民はあなたのもとに走ってくる」が示されたと受け取る。これが群れの方向を示すものとなると信じる。 |
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2000年 よろこびの年 |
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1月17日 |
美津子を通して、黙示録さんびが与えられる。(この日以降、さんびが与え続けられることになった。) |
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4月21日 |
北海道伝道に行くため空港に向かう車の中で与えられたことば: |
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(注・与えられたことばは、特記のない限り美津子に与えられたもの) |
わたしを見ることになるであろう
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| 私はいつも主を見ているつもりですが‥‥ |
今までは感じてきただけであろう
しかし これからはわたしを見るのである
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第一ヨハネ4:12のみ言葉「神の愛が全うされる」が与えられた。
(後に、これは風の教会を指し示していたと分かる。) |
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5月20日 |
初めてコンサートを夙川の公民館にて開く。 |
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7月 |
県に教会用地のことを聞きに行き、「まず宗教法人を取ってから、話しに来てください」と断られ、本格的に宗教法人の取得を目指す。 |
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8月 |
行政書士を通して、文化庁に宗教法人の申請を始める。 |
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2001年 力の年 |
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2月26日 |
静岡で初めて「大地のいやしのためのコンサート」が開かれる。翌3月2日には京都でコンサートが持たれる。 |
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9月 |
宗教法人のために文化庁の人が視察に来る。 |
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11月 |
9月11日のアメリカ同時多発テロが起きたことにより、本部では11月より、全国では12月より「平和の祈りとさんび」の時が始まる。 |
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12月15日 |
神戸クリスマスコンサートの前日のリハーサルの祈りの時、それまでは「わが子よ」と呼ばれていたのに、この日は「わが友よ(戦友)」と呼ばれた。 |
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わが友よ おそれるな 明日 ここに来なさい
わたしが守る
さんびはわたしからの地球への贈り物である
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| (コンサートの日は神戸でテロがあると言われていて、まさに命がけのコンサートだった。) |
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2月 |
ハワイリトリートの帰りの飛行機の中で、ピーターにイザヤ54章「すまいの幕を張りひろげよ」のみ言葉が与えられる。 |
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柴田るみ子さん、ガンの再発を知って、「風の教会」への献金のために新しい会社を始める。 |
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3月3日 |
芦屋教会礼拝で初めて応答歌を賛美する。 ♪すまいの幕を張りひろげよ♪ の応答歌が歌われ、ピーター、風の教会のビジョンを語る。この日、関東ではOCC礼拝が始まる。 |
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5月 |
「さんびの風」No.94 で芦屋会堂を建てることを発表。
主がピーターに「ここからわたしの王国が始まる」と語られる。 |
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9月12日 |
「平和の祈りとさんび」の時に、ピーター&美津子、本気になって会堂建設に向けて乗り出すと宣言。 |
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2003年 勝利の年 |
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6月4日 |
ニューヨークリトリート&コンサート後の日曜礼拝で、ピーター、 “Hitch Your Wagon to the Star” (あなたの願いの馬車をかの星につなげ)を語る(40年ぶりにラジオからこの言葉が流れてきたのを聞いた)。 |
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8月9日 |
宗教法人が取れる直前、「平和の祈りとさんび」の三日目の夕方、西宮の東の空に二重の虹がかかる。そしてその日の「平和の祈りとさんび」の時与えられことば: |
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もはやお前たちの前にたちはだかるものは
何一つないであろう |
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8月15日 |
朝の夢で美津子の目の中に輝く虹が現れ、宗教法人が取れたのではないかと思い連絡を入れる。夕方、法人の許可が下りた連絡を受ける。 |
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8月25日 |
書類を提出し、宗教法人取得(総会・リトリート出発当日のことだった。) |
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8月 |
リトリートで「新しいからだ」が語られる。 |
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9月9日 |
宗教法人が取れたため県に土地購入の申請に行くが、「南芦屋浜の土地は商業用地にするため宗教団体には売ることができない」と言われる。この日、緊急に本部にいるスタッフを集めて祈る。また全リーダー、スタッフに本部から緊急の祈りのリクエストを送り、共に祈ってもらう。 |
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10月2日 |
「平和の祈りとさんび」の一日目、♪虹のアレルヤ♪ の賛美の中で与えられたことば: |
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見なさい 皆が一つになってわたしの言葉を語っているのを |
| (み言葉がさんびになっていたものを歌っていたわけではなかったが、皆が一つになって響き合っていた) |
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10月4日 |
「平和の祈りとさんび」の最終日に美津子、ボロボロの衣をまとい、ドロドロの足のイエスさまが芦屋浜を歩いておられる幻を見る。その時に与えられたことば: |
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一つの群れ 一人の羊飼い |
| この日、美津子、星のペンダントのプレゼントを受け取る。神さまの約束と受け取る。 |
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11月28日 |
風の教会の土地の件について、助けて下さる方が現われ、県との間に立って交渉をしてくださる。 |
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11月30日 |
宮崎一日リトリートで土地取得のドアが開かれたことを報告する。
この一日リトリートで ♪一つの群れ♪ の賛美が与えられ、発表する。 |
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12月3日 |
宮崎で美津子、大ヒラメを釣る。主の約束のしるしと信じる。
その時に与えられたことば: |
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約束の成るしるしである
お前の願いは何か |
| 「風の教会」です |
| それは成った |
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12月8日 |
土地の購入について県との話し合いが始まる。 |
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12月11日 |
「平和の祈りとさんび」一日目、土地代金、2ヶ月以内に2億円が与えられるようにと祈った時のことば: |
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主よ、2ヶ月以内に2億円をください。 |
| わたしの望むところである |
2億円が主がお望みになるところですか?
それとも私たちが具体的に祈ることを望まれたのですか。
土地と会堂のことですよね。
あなたは風の教会を望んでおられるのですよね。 |
わたしの望むところである
わたしが望むのは祈りとさんびである
おまえたちの祈りとさんびの上に
わたしのからだは建つ |
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12月12日 |
「平和の祈りとさんび」二日目、夕方、西宮に大きな虹が出る。 |
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12月31日 |
本部でカウントダウンの時、祈りの中で与えられたことば: |
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わたしの約束を負う者は
わたしの約束を見る |
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2004年 約束の年 |
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1月 |
「平和の祈りとさんび」の始まる直前に与えられたことば: |
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やっと始まったね
見るものがわかったということだよ
わたしの願いが分かることを「見る」というのだよ
そして「見る」とは わたしと共に働くということである
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1月6日
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助けて下さる方から、県の土地を購入するため、県に信頼ある設計会社を選ぶ必要があると言われ、有名企業に話をつけたいと言われる。 |
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3月末 |
2億円が与えられる。 |
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5月
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助けて下さる方から会堂建設のためにある設計会社を紹介される。他にもっと安い予算で建てるという建設会社から申し入れがあったり、他の設計会社を紹介されたりしたが、これを受け入れなければ土地購入の交渉すら、やめると言われる。最も苦しい祈りの時に美津子に与えられたことば: |
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これを受け入れなさい |
| これを受け入れることを決断。日本設計に決める。 |
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12月3日 |
「平和の祈りとさんび」の二日目の中でのことば: |
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わたしは岩である
岩にたて たて たて(立て、発て、建て)
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| 設計会社より幌馬車のカタチの第一案を受け取る。この設計に風の教会のビジョンが現されていて、その設計者は風の教会のため神が送られた方であると確信した。 |
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2005年 平和の年 |
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3月24日 |
兵庫県庁にて風の教会用地の調印式を済ませる。3年以内に建物を着工しなければならないと告げられる。 |
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10月30日 |
18期生第一回研修セミナーの最終日、ピーターの霊歌からのときあかしとして与えられたことば: |
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木を持ってきなさい 木を持ってわたしのもとに来なさい
諸々の民よ わたしのもとに来なさい
木を持って来なさい そして わたしの家を建てなさい
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| それに応答するように、一人のセミナー生が「そういたしましょう‥‥」と歌っていた(このときあかしはハガイ書1:8にある)。 |
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2006年 和解の年 |
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4月 |
原案ではランニングコストがかかりすぎるので、予算4億円以内で建てられないかと相談し、新しい設計図を依頼する。 |
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5月21日
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予算を変更した設計図を受け取った日。美津子、芦屋浜で巨大な星を見る。
その時に与えられたことば: |
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風の教会はわたしの願い わたしにつながっていなさい |
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10月23日
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変更した設計図でも事務棟と会堂を同時に建てると、見積もりが5億円以上になってしまうので、会堂だけを先に建てようという案が有力になった。そのことを日本設計に告げた日に与えられたことば: |
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だれが建てるのか ‥‥
わたしが建てるのである
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| まず今回は会堂を建て、あとで事務棟も下さるということですね。 |
| わたしは両方を与える |
| 設計者には、ときあかしの言葉は伝えられていなかったが、次回(11月17日)の設計会社との打ち合わせの時に見せられた新しい設計図は、会堂と事務棟の合体型になっていた。 |
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10月29日
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会計と会堂係、ピーター、美津子の話し合いの中で、美津子、再び、「たて、たて、たて」の声を聞く。この時の「たて、たて、たて」は「建て、建て、建て」であると受け取る。
この時、ピーター&美津子に、着工までに残りの土地代金を支払っておきたいという思いが与えられる。 |
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たて たて たて(建て、建て、建て) |
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11月8日
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風の教会の設計について、一人の働き人から美津子に、「どうしてあんなに美しい建物がいるのか」と問われた時、祈りの中で与えられたことば: |
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ソロモンの宮を見よ |
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11月9日 |
「平和の祈りとさんび」の一日目のに与えられたことば: |
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アーメンの海に帰り アーメンの海から出て行く
いやしの海に帰った者は 外洋へ出て行く者である
わたしのもとに帰る者が地の果てまでも出て行って
わたしの平和を伝え わたしの愛を伝える証し人となる
風の教会は人々が帰り また出て行くところである
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11月30日 |
会堂と事務棟の合体型の新しい設計による見積もりが4億円強になった。 |
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12月5日 |
ボーリング(地質)調査の開始 |
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12月7日 |
この日、美津子、朝から ♪起きよ、光をはなて♪ の賛美が聞こえていた。今の会堂はこの地のいやし、風の教会は闇に光を放つものという思いが与えられる。 |
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12月8日 |
設計会社との契約締結 |
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「平和の祈りとさんび」の時に与えられたことば: |
わたしの名のために 建てられる宮である
わたしの名を伝え わたしの名を残すものである
何を恐れるのか
わたしのよろこびではないか 大きなよろこびではないか
わたしの心はここにある |
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12月17日 |
関東合同礼拝の中で与えられたことば: |
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さんびは「わたしの愛は永遠である」というしるしである |
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12月27日 |
働き人による聖研の直後に与えられたことば: |
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さあ 起きあがって 自分の足で立ちなさい
自分の足で立つとは
わたしから託された務めを果たすために立つということである
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12月31日 |
カウントダウンの祈りの時に与えられたことば: |
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愛とは反する無関心 虚無 憎しみ 怒り 恐れが満ちようとも
わたしの愛は失われることがない |