奇 跡
Y.K.
 平成十八年十月二十八日、私と私の家族にとって忘れられない日となりました。
 早朝、病院から電話が鳴ったのです。十四歳の長男Hが原付バイクでトラックと正面衝突‥‥。
その知らせを聞いた時、胸を引き裂かれる思いでした。
 前夜、就寝前に何か悪い胸騒ぎがした事を覚えています。
 長男は中学生になった頃から、素行の悪い友人と付き合い始め、夜遊び、不登校が続き、警察や児童相談所等にお世話になる日が続いていました。
 「このままでは何か大変な事が起こる」と、私は言いしれぬ不安に押しつぶされそうな気持ちで毎日を過ごしておりました。自分の子供は自分の手で更生させたいと強く思っていましたが、お世話になっていた児童相談所から、10月30日から1ヶ月間、一時入所して更生させた方がよいということを通達されていたのです。仕方なく我が子を一時施設に預ける決心をした矢先の出来事でした。二日後には施設に入所しなくてはならない長男をその日、私は引きとめることができませんでした。
 児童相談所の入所が決定しても、私の不安は更に募りました。更生施設に入所しても、入所先で同じような友人とさらに交流が深まり、実際に更生する子供は少ないと言われているからです。
 そんな中、10月25日、水曜日、友人から子羊の群れに誘われたのです。事故の三日前の事です。その日私は洗礼を受けました。私の胸の中に熱いものが流れた事がわかりました。美津子さんとピーター先生からあたたかいメッセージをいただき、これできっと息子は大丈夫だと強く信じる事ができたのです。
 しかしそれから三日後に悪夢が起きたのです。「どうして? 神様はいるよね? どうしてこんな事が起きたの?」繰り返し思いました。病院に着くとドクターに呼ばれ、「三日間がやまです。覚悟してください」と言われました。重篤状態でした。
 訳がわからない状態でしたが、とにかく祈りました。祈り方も何もわかりませんでしたが、「どうかこの子を助けて欲しい」と一心に祈りました。友人から子羊の群れにも連絡が入ったようで、事故の二日後、ピーター先生も美津子さんも病院に駆けつけて下さいました。
 肺が両方とも破裂し、骨盤近くの静脈が破れ、輸血を続けている状態でした。
 ピーター先生と美津子さんに症状を伝えましたが、美津子さんは「肺よりも頭部が気になります」と言われ、左頭部を念入りにお祈りして下さいました。そして、「大丈夫。この子は生きるよ」とピーター先生も言って下さいました。
 ただ、その日の夜ドクターから「左頭部から出血があり、このまま止まらなければ手術しなければなりません。そうなった場合、脳の障害は覚悟して下さい」と言われました。
 まるで暗闇に突き落とされたような気持ちでした。ただ家族や友人から励まされ、ピーター先生や美津子さんが言われる事を信じる事しかできません。神様が何か意味があって、この子をこんな状態にされているとしか考えようがないのです。祈り続けるしかすべがないのです。
 次の日、ドクターから左頭部の出血が止まっている事を告げられました。暗闇から一筋の光が見え始めたのです。それからというもの、いくつもの「奇跡」が彼の命を生かしてくれた事実が見え始めました。
 ヘルメットもかぶらずトラックと正面衝突し、二十七メートルも飛ばされていたと、後になって警察の方に聞きました。しかも事故を発見し病院に連絡してくれたのは、偶然にも長男の家庭教師の青年だった事。そして救急車もドクターカーという、ドクターが同乗している特別な救急対処専用車であった事、事故現場から運ばれた病院がすごく近距離にあった事。すべてが彼を「生きる」方向へ導いてくれていた事を‥‥。
 事故から二週間が経ち、意識がすこしずつ戻り始め、ひとこと、ふたこととしゃべれるようになった時、彼の口から発する言葉は、今までの我が子とは思えぬような重く深みのある言葉ばかりでした。
 後悔したくない。ちゃんと生きたい。学校に行きたい。迷惑をかけた人達に謝りたい。命をもう一度神様から与えられたのだから‥‥と、繰り返し話すのです。
 そして、事故が起きた時に一緒にいた友人も目が覚めたようで、自ら大変な事を起こした事を悔やみ、施設に入所し、更生のきざしが見えています。その他の友人の中にも学校へ行くようになった子もいるようです。これから完治するまで、いろいろな試練が長男を待っているかもしれませんが、どんな試練をもこの子なら乗り越えられると神様が判断して下さっているように思います。
もう一度与えられた「命」。「生きる」という意味を深くかみしめ、更に成長してくれる事でしょう。

2007年2月16日
(c)Kohitsuji no Mure Christ Curch